東京地方裁判所 昭和27年(ワ)3362号 判決
原告 友田俊一
被告 長谷川忠 外二名
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告等は原告に対し別紙目録<省略>記載の家屋の明渡をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、
(一) 原告の先代友田鎮三は昭和十九年十月その所有に係る本件家屋を被告長谷川に対し賃貸したが、原告は、昭和二十七年九月十七日鎮三の死亡により本件家屋の所有権を相続し賃貸人の地位を承継した。しかるに長谷川は原告の承諾を得ることなく昭和二十三年八、九月頃右家屋を被告上野に、更に昭和二十六年五月頃被告柳原に夫々転貸した。よつて原告は、昭和二十七年一月七日右無断転貸を理由とし内容証明郵便を以て長谷川に対し賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、これは同日長谷川に到達したから長谷川は本件家屋を返還する義務がある。又被告上野、同柳原は現に本件家屋に居住している。然し被告等は現在本件家屋占有の権原を有しないのであるから、原告は被告等に対し本件家屋の明渡を求める。
(二) 仮に右請求原因が理由がないとすれば原告は予備的に以下の事実を順次主張する。
(イ) 長谷川は昭和二十四年二月頃より原告の承諾を得ることなく本件家屋の一部を訴外柳原寿美子に転貸しているから、原告はこれを理由として昭和二十七年十二月十日の口頭弁論期日において賃貸借契約解除の意思表示をした。
(ロ) もと本件家屋敷地の西北隅に同家屋に附属して木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建物置一棟建坪一坪五合があつたが、長谷川は昭和二十年乃至二十三年頃原告の承諾を得ることなく、右物置を損壊撤去すると共に同敷地内の東南隅に新に木造平家建建坪一坪五合強の小舎を建築した。長谷川の右行為は同人の責に帰すべき事由により賃借物を損壊し、しかも貸主に返還することを不能にしたものであるから、原告は昭和二十八年一月二十日の口頭弁論期日に右履行不能を理由として賃貸借契約解除の意思表示をなした。
(ハ) たとえ右物置の返還が不能でないにしても、原告は昭和二十七年一月七日内容証明郵便を以て長谷川に対し、右到達の日より起算して五日以内にこれを原状に回復せられたく、若し右期間をすぎても履行しないときはその期間経過の日を以て賃貸借契約は解除せらるべき旨の意思表示をなし、これは同日長谷川に到達した。しかるに同人は右期間を経過しても履行しなかつたから、昭和二十七年一月十一日を以て右契約は解除せられた。
(ニ) 原告は昭和二十六年十月一日その勤務先たるマルニ木工株式会社より東京駐在員を命ぜられたけれども、東京に住居がないため事実上赴任できず甚だ不便を感じているばかりでなく、もともと本件家屋には鎮三夫婦が居住し原告は附近に居住していたのであるが、原告が広島県下のマルニ木工株式会社に技師として招かれた際老父母を東京に残すに忍びず赴任後同地に呼び寄せたのであつて、当時長谷川に対し鎮三は、戦争終了のとき又は貸主において使用の必要を生じたときは直ちに明渡す条件で最長二年の期間をもつて賃貸したという事情もあることであり、原告には本件賃貸借契約を解約するにつき正当な事由があるものというべきである。故に原告は昭和二十六年十一月二日内容証明郵便によつて長谷川に対し賃貸借契約の解約を申入れ、右は同月四日同人に到達した。従てその翌日より起算して六箇月を経過した昭和二十七年五月四日を以て本件賃貸借契約は終了した。
よつて被告等に対し本件家屋の明渡を求める。とのべ、
被告の答弁に対し
(1) 答弁(一)の(イ)の事実中、被告等の職業は不知、その他の事実は否認する。
(2) 答弁(一)の(ロ)の事実は全部否認する。味岡は本件賃貸借を仲介し、その後長谷川より家賃を受取り手数料を差引いて残金を原告に送金していただけで管理人ではない。原告は長谷川の転貸の事実を昭和二十六年秋に至るまで少しも知らなかつたから異議を述べなかつたからといつて転貸を承諾したことにはならない。
(3) 答弁(一)の(ハ)の事実中、柳原弘一が長谷川の妻の兄であるということが事実としても、同一家族でない以上転貸にあらずというのは当らない。
(4) 答弁(二)の事実中、柳原寿美子が弘一の妹であることは認めるが、長谷川は原告の困窮を無視し、弘一退去後更に寿美子を同居せしめたことは原告に対する甚だしい不信行為である。
(5) 答弁(三)の事実は否認する。本件家屋はその用途及び外観よりして当然旧位置が適当であり、現在の所は庭先であつて日光を遮り外観上も甚だ不体裁である。
(6) 答弁(四)の事実中、原告がマルニ木工株式会社に招かれる以前東京に在職していたことは事実であるが期間は一年余である。本件家屋がもと鎮三名義であつて味岡の仲介で長谷川に賃貸されたことは認めるが、売却方を味岡に依頼したことはない。帰京の節住居がない場合を慮つたからである。家具は長谷川に無償使用させただけであつて贈与したものではない。原告の停年退職の予定事実はない。原告は右会社の重要な地位にあり、名目上退職することがあつても引続き同会社の同一事務に従事する筈である。被告の主張は原告の身分上経済上の事情を無視した身勝手の議論にすぎない。
(7) 答弁(五)の事実は認める。
とのべた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、
(一) 請求原因(一)の事実中、長谷川が原告の先代より本件家屋を賃借したことは認める。但し賃借した日は昭和十九年九月二十四日である。原告が本件家屋の所有者であること及び長谷川が予め原告の承諾を得ずに上野と柳原弘一を同居させた事実(但し上野を同居させたのは昭和二十年四月十四日、弘一を同居させたのは昭和二十五年二月中である。)並びに契約解除の意思表示のあつたことは認める。けれどもそれを理由に契約を解除することは不当である。即ち、
(イ) 上野は長谷川と共に大田区萩中町二十八番地所在能研精工株式会社蒲田工場に勤務し、長谷川は同社の専務取締役、上野は工場長の職に在り互に知己の間柄であつたが、上野は昭和二十年四月十四日戦災に会い住むに家なき状態にあつたため、本件家屋に同居するに至つたのであり、従つて右行為は原告に対する不信の行為を以て目すべきものではなく、むしろこれを理由として原告の解除こそ信義則に反する。
(ロ) 尚仮に右抗弁が理由がないにしても本件家屋の管理人たる訴外味岡鑑三郎が上野の同居の事実を知つており、しかも現在に至るまで原告からも味岡からも何等異議が出なかつたのであるから、黙示の承諾があつたものというべく無断転貸を理由とする解除は理由がない。
(ハ) 柳原弘一は長谷川の妻の兄であつて、長谷川一家と世帯を同じくしその家族の一員として面倒をみてきたのであるから、同人等を同居せしめたことを以て転貸と見るべきではない。又たとえ右行為が転貸であるとしても、それを理由とする解除の失当なること前掲(イ)及び(ロ)において、上野につき論じたことと同様のことがいえる。
(二) 請求原因(二)の(イ)の事実中、柳原寿美子を同居させたことは認めるが、同人は長谷川の妻の妹であつて、その同居を理由とする解除の意思表示が無効であることは前項(イ)乃至(ハ)において主張したところと同様である。
(三) 請求原因(二)の(ロ)(ハ)の事実中、原告主張の催告のあつたこと、長谷川が物置を原状に復しなかつたこと及び原告主張の各解除の意思表示のあつたことは認めるがその余の事実は否認する。元来本件物置は空襲により相当程度の損傷をうけ且つ、元の場所では外観も悪く又使いにくいので東南側に移転した上修繕を施し、従来より遥かに立派なものとした。従つてこのことにより本件物置は家屋の附属建物としての機能を高めこそすれ決してこれを害されたものではないから、これを理由に賃貸借契約を解除することは信義則に反し許されない。
(四) 請求原因(二)の(ニ)の事実中、内容証明郵便の到達したことは認めるが、賃貸借の特約はじめその他の事実はすべて否認する。原告は長年の勤務先を辞め、その居住家屋を売却して郷里の職場に転じ、先代鎮三も本件家屋の処分を味岡に委託した結果長谷川において賃借するに至つたものであるが、鎮三はその際処分し得る家具はすべて処分し、その他は長谷川に贈与して郷里に引揚げたものである。原告としては広島での勤務が近く停年退職となるので東京に出て来たいというのであろうが、これを被告等及びその同居人の事情に比較するに、長谷川は戦災に会つて止むなく同居するに至つた上野と共に烈しい空襲下に本件家屋を戦火から守り続け、その後七年間今日に至るまで本件家屋を生活の本拠として生活を営んできたもので現在は共に本件家屋から品川区東大崎一丁目八百番地能率生産研究所に勤務し、長谷川の妻は池上の婦人民主クラブの会計事務並びに編物仕事の斡旋をしており、十三歳を頭に三人の子供をかかえている。又上野は子供がないので長谷川の次男を養子にむかえ両名は身分的にも切り離せない関係にある。又寿美子も長谷川の家族の一員として横河橋梁株式会社に看護婦として勤めている。上野及び長谷川の勤務する能率生産研究所は中小企業の例に洩れず経営不振のため給料も遅れがちであるが、被告等は一つの家に互に助け合つて生活しており現在に至るまで長谷川は右の何人からも間代等はとつていない。今若し本件家屋を明渡さなければならないとすれば今日の極度に緊迫した住宅不足の情況下にあつて本件家屋に居住する八人は住むに家なく引いては生活上重大な支障を来すことは明かである。従つて被告等及びその同居人の右のような事情を考慮に容れれば原告において東京に来住したいという一事を以て解約申入をするのは正当事由があるものとはいい難く、従て右の意思表示はその効力を生ずるに由なきものである。
(五) なお柳原弘一は昭和二十七年七月二十七日転出し現在本件家屋には住んでいない。
とのべた。<立証省略>
三、理 由
一、原告の先代が長谷川に本件家屋を賃貸したこと及び原告がその後該家屋の所有権を取得したことは当事者間に争のないところである。よつて先ず長谷川の転貸の点につき判断する。
長谷川が上野及び柳原弘一を同居させたこと、右同居に当つて予め原告の承諾を得ていなかつたことは被告等の認めるところである。然しながら、証人味岡鑑三郎の証言の一部及び被告長谷川、上野の各本人訊問の結果によれば、本件家屋の管理人たる味岡において右同居の事実を知悉しており、しかもこれに対し何等の異議をものべていなかつたことが認められるからこの点に関し味岡の管理権に基く黙示の承諾があつたものというべきである。尤も原告本人の供述中には、味岡に本件家屋の管理を托したことがない旨の供述があるが、なおその供述によれば、味岡に家賃の取立を依頼しており、しかも原告みずからは本件家屋の管理をしていないことが認められるし、味岡の証言、長谷川の供述によれば、味岡は本件家屋の賃貸借に際し両者を斡旋した関係から、爾来家賃の取立や値上の交渉を担当し、戦後長谷川との間に売買の交渉があつたときも原告の依頼によつてその衝にあたり且つその節本件家屋に同居人があることを前提として売買価額につき意見を述べた事実があり、原告は昭和二十六年秋頃までは本件家屋の管理について直接には少しも関与せず、その間社用で再三上京することがあつたに拘らず本件家屋には一度も立寄つたことがないことが認められ、これらの事実からみれば、味岡は本件家屋の管理権を与えられていたことを推知するに余りあるものというべく、味岡証人が、「もし本件家屋に出入りしている者が転借人であれば強く反対せねばならない。」という証言をした所以も、その証言自体が信用できるかどうかは別として、この間の消息を物語るものであり、管理権あることを言外に証明するものと認めざるを得ず、前に掲記した原告本人の供述は到底事の真相に合致するものとは認め難い。
次に、長谷川が柳原寿美子を同居させたことは当事者間に争がないが、原告本人訊問の結果により真正に成立したと認められる甲第六号証と被告長谷川本人訊問の結果によれば、同人は長谷川の妻の妹で、昭和二十六年五月頃その兄弘一と共に本件家屋に入居し、弘一が結婚して他に一戸を構えた後も引続き本件家屋に居住しているものであつて、当初は弘一の、後には長谷川の家族乃至は同居人たる立場にあるに留まり、長谷川との間の契約関係に基いて占有するものではないことが認められるから、同人に対する転貸を理由とする解除の意思表示もその効力なきものとせねばならない。よつて原告の第一の主張は採用し難い。
二、次に、本件家屋敷地の西北隅に原告主張の物置一棟があつたところ、長谷川がこれを解体し敷地東南隅に原告主張の物置を建てたことは当事者間に争がない。被告はこれを旧物置の修繕移築であると主張するが、検証の結果及び証人逸見光三の証言によれば、右はむしろ朽廃して使用に堪えなくなつた旧物置を取壊し別に新たな物置を建設したものと認めるのが相当である。
然しながら、右各証拠並びに証人味岡鑑三郎、森井好一の各証言及び被告長谷川本人訊問の結果によれば、旧物置は一般の例に洩れず本件家屋の従物として本屋使用の便に供せられていたものにすぎず、しかも長年月を経て損傷朽廃甚だしくてほとんどその用に堪えなくなつており到底改築を免れない運命にあつたものであつて、加うるに旧位置は本屋の玄関に近く門より正面に見える場所にあつて、配置上好位置ということができなかつたので、改築を機会に現在の位置に移すこととし、旧物置を取壊し新たな材料に一部使用に堪える旧材料を加えて現物置を建築したものであることが認められる。従つて長谷川のこの行為は本来賃貸人たる原告のなすべき行為を賃借人たる同人が代つてしたにすぎないともいうことができ、その改築の結果本屋使用の便益を増しこそすれ、賃借物の全部又は一部を滅失毀損したものとは到底考えられない。もしも新物置が実体において物置でなく従物たる性質を超え独立して別個の用途に供し得べきものであつて、本屋と別個に所有権の目的となり得る程度のものとなり、原告の所有にあらずして長谷川の所有家屋なる資格を持つに至つたような場合は、旧物置につき原告主張のような返還義務の履行不能又は保管義務の違背の問題が当然考慮せられなければならないであろうが、本件においては新たな建物も依然旧物置と同じく本屋の従物たる物置の域を脱しないことは当事者間に争のないところであり、味岡鑑三郎が改築の事実を知りながら何等の抗議をも申入れなかつたこと(同人の証言による)もその故に外ならなかつたものと認められるから、長谷川の前記改築行為を以てしては同人の賃借物に対する保管義務乃至は返還義務に違背したものとは解し難く、従つてこの点に関する原告の主張も亦採用し難い。
三、よつて最後に原告の解約申入について判断する。
原告が昭和二十六年十一月四日到達の書面をもつて被告長谷川に対し本件賃貸借の解約を申入れたことは被告の認めるところである。そして証人山中武夫の証言により真正に成立したものと認められる甲第四号証及び証人山中武夫の証言並びに原告本人訊問の結果によると、原告の勤務先たるマルニ木工株式会社は主として特需関係について折衝させるため東京に住居を持つ駐在員を必要とし、それには原告を措いて他に適当な人物がいないため原告を駐在員に任命したけれども被告等が本件家屋を明渡さず、且つ他に住居がないため原告は事実上赴任できず、会社としても又原告としても種々不便を感じているものであることをうかがい知ることができる。原告は右の外なお、本件賃貸借はその当初から、終戦その他原告が使用の必要を生じたときは何時でも明渡を受ける約束で最長二年の期間を定めてなされたものであると主張するが、この点に関する原告本人訊問の結果は措信し難く、他に右事実を認めるに足る証拠はない。
他方被告等及びその同居人の本件家屋を必要とする程度を考えてみると、甲第六号証及び長谷川、上野各本人訊問の結果によれば長谷川及び上野は共に自宅から能率生産研究所に勤務し、右両名の妻は内職をして家計を助け、長谷川には三名、上野には一名の子供があり、長谷川の妻の妹寿美子も又本件家屋から横浜の職場に通勤しており、若し被告等及びその同居人が本件家屋を明渡して後東京近辺に他に適当な家がなければ、現在の職場に通勤することができず、ひいては生活上重大な支障を来すものであることを認めることができる。
右認定のように両当事者共に本件家屋を必要とすることは認められるけれども進んで両者の必要の程度を比較してみると、前述のように被告等及びその同居人は東京近辺の適当な家でなければその職場に通勤することができず、しかも東京近辺においては莫大な権利金乃至は敷金及び月々高額の家賃を払わずに本件家屋と同程度の家を賃借することは殆ど不可能であることは顕著な事実であるに比し、山中証人の証言及び原告本人訊問の結果によると、原告の勤務する会社は必ずしも東京に駐在員をおかなければその営業上重大な支障を来すというようなことはなく、現在では右仕事のために原告及び重役が東京に交替で出張して事実上駐在員の仕事をしており、しかもその出張回数も一月に多くて一、二回程度に止るから、一人一人についていえば時によつては出張のない月もあり、又その滞在日数も二、三日から多くて一週間位で、その宿泊も原告の東京の親類の家を交互に利用しているのであるから、原告をして東京に居住せしめなくてもさしたる犠牲を払うことなく特需関係の仕事を継続して行けるのであり、且つ、原告は自ら進んで右駐在員に任命せられるよう申し出たものではなく、発令の結果永年住み馴れ且つ所有家屋のある東京に住むことが可能となれば好都合であるという程度のものにすぎない。従て原告及びその勤務会社が本件家屋を使用しえないことによつて蒙る不利益は被告等及びその同居人が立退かねばならない場合の不利益に比し遙かに劣るものであると考えられ、結局必要の程度は被告側の方が高いといわざるを得ない。
勿論原告の不運な境遇や亡父の残した家屋に対する愛着の念はこれを察するに難くないのであるが、前段説示の理由により、原告の本件解約申入は現状に鑑み未だ正当の事由を欠くものと認めざるを得ず、従つて右申入はその効力を生ぜず本件賃貸借契約は終了していないから、その終了を理由とする明渡の請求も排斥を免れない。
四、なお、柳原弘一は昭和二十七年七月二十七日本件家屋から転出したものであることは原告も亦認めるところであるから、同人に対する原告の請求はこの点からも理由がない。
五、以上原告の請求はすべて認容し難いからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担に関し民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 近藤完爾 山本実一 倉田卓次)